サービス学講座

 

 

サービスと言葉

 

「お待たせいたしました」

 

皆さんは、お水の注文を受け、お客様のところに持って行ったとき、「お待たせ致しました」と言ってから、グラスをテーブルに置きますか。それとも、グラスをテーブルにおいてから、「お待たせ致しました」と言いますか。たぶん、あまり意識したことがないと思います。旅客心理から言うと、グラスを先に置いてから、「お待たせ致しました」というのが本来のサービスの仕方です。

なぜなら、「お待たせ致しました」といってからグラスを置いたのでは、お客様に、"待たせた"ということばを、インプットしてしまいます。そして、それを何度も繰り返していると、お客様は、「今日のCabin Crewはよく待たせるな」という印象を抱き始めてしまいます。一方、物を先に提供してから「お待たせ致しました」と言うと、お客様は、すでに自分が欲しい物を確保できているので、あまり耳に残りません。サービスは、このようなチョットしたことの積み重ねで、良し悪しが決まります。

 


「少々お待ちください」

 

「少々お待ちください」を、何気なく使っている人をよく見かけます。Liquorサービスで、A客に飲み物を調製している時に、

B客「私には、ジュースください」

CA「少々お待ちください」

また、コーヒーを持って回っているときに、

A客「紅茶は、ありますか?」

CA「少々お待ちください」

ニコニコした表情でこの言葉を使っている人を、ほとんど見かけません。なぜなら、この言葉は、肯定的な言い方ではないからです。心の中では、「忙しいのだから、あとにしてくれないかな」と思っています。

ところが実際には、できるだけ早くお客様の要望に応えようと、一生懸命サービスしています。本当は、「ただ今致しますので、少々おまちください」というつもりで、「少々お待ちください」と言っているのかもしれません。でも、お客様の脳裏には、「待たされる」という印象の方が残ってしまいます。自分が客として、レストランやホテルに行き、何かを頼んだとき、

「少々お待ちください」 (否定的)

と言われるより、

「ただ今、参ります」 (肯定的)
  "I'll be with you soon, sir." 
「ただ今、お持ち致します」 (肯定的)
  "I'll get it for you right away, sir."

と言われた方が気持ちよいはずです。

 


コーヒーはよろしいですか

 

この言葉も、機内でよく耳にします。これは、正しい日本語とは言えません。英語に訳すと、「Is this coffee all right?」となります。何か変です。正しい言い方は、


「コーヒーはいかがですか」
「コーヒーをもう少し注いでもよろしいでしょうか」

           
です。ところが、「もう少し注いでも・・・」の部分を省略してしまうので、変な日本語になっています。

食事サービスで大切なのは、最後まで、食事を充分楽しんでいただくことです。そのためには、ものをすすめる言葉が必要です。その基本になるのは、「いかがですか」です。                                                       
「お代りはいかがですか」
「もう少しいかがですか」

プロのサービス人間は、お客様が、「もう充分、食事を楽しんだ」と言うまで、いろいろ勧めます。

 


「何にしますか」「何があるの?」

 

Liquorサービス時のやりとりで起きるのが、 

  CA 「お飲み物は何になさいますか」

旅客 「何があるの?」

というのも、よく耳にします。旅客に聞かれて初めて、「これこれがあります」と説明しているCabin Crewが多いのです。ものを勧める時の正しい順序は、

・飲み物を勧める
「飲み物はいかがですか」
・お客様の意思を確認する
「ハイ、ください」
・用意してある飲み物を案内する
「飲み物は、コレコレがあります」
・注文を受ける
「何になさいますか」

となっています。ところが、どのような飲み物があるのかを知らせないまま、注文を聞こうとするので、前述のようなやりとりになってしまいます。

  CA 「お食事は何にいたしましょうか」

旅客 「何があるの?」

も同じです。

 


EYクラスの場合

 

エコノミークラスでは、ひとり一人の旅客に、用意してある飲み物をひとつひとつ説明することはできないかもしれません。それでも、何列かに1回は、説明せざるを得ません。その場合は、説明するとき、回りの人たちにも聞こえるようにします。そうすると、次の方は、何を注文しようか、心の準備ができます。皆さんは、次のお客様には、微笑みとともに、一言「いかがですか」だけでよいのです。

最近は、セロケースに入った飲物メニューや食事メニューを、旅客に差し出し、選んでもらう方法を取り入れています。その結果、スピーディにチョイスが聞けるようになりました。気をつけなければいけないのは、その分、Cabin Crewが発する言葉が少なくなってしまう点です。セロケースはあくまでも従のものです。主役はやはりあなたなのです。

 


「すすめる」そして「確認」

 

飲料サービスの基本は、「いかがですか」に始まり、「いかがでしたか」で終わることを、覚えておいてください。Mealを配るときに、

「お食事はいかがですか」

そして、下げるときに

「お食事はいかがでしたか」

ファーストクラスでは、オードブル、スープ、Entrėe、デザートなど、それぞれのコースごとに、「すすめる」ことと、お客様が満足しているかどうか確認することが大切です。

 


「ぜひ、いかがですか」

 

この表現も、サービスには大切です。Entrėeコースが終わる頃になると、お腹がいっぱいになり始めます。「デザートはもう結構」と言われるかもしれません。それでも、すすめてください。

「成田(羽田)搭載のアイスクリームは、おいしいですから、ぜひ、召し上がってください」
「今日のケーキは、おすすめです。少しだけでもいかがですか」

と勧めます。食事をじゅうぶん楽しんでいただこうという思いを、ぜひお客様に伝えてください。

 


おいしかったと言わせる」

 

ステーキを提供したら、しばらくしてから、

「今日のステーキはいかがですか」
「焼き具合はいかがですか」

と伺います。このように聞かれると、ほとんどのお客様は、

「まぁまぁだよ」
「おいしいよ」

と言ってくれます。お客様のことを気遣っているかぎり、お客様もサービスする側のことを気遣って、それなりの言葉を返してくれます。このようにして、プロのサービス人間は、お客様に、「おいしい、おいしい」と言わせてしまうのです。お客様は、いつのまにか、「今日はよい食事ができた」とインプットされてしまいます。このことは、CクラスでもEYクラスでも同じです。

 


会 話

 

Aキャビンクルーの場合
旅客:「どの位飛んでいるの」
  CA:「3年です」
旅客:「・・・・」
Bキャビンクルーの場合
旅客:「どの位飛んでいるの」
  CA:「どの位飛んでいると思います?」
旅客:「そうだなー。3年位かな」
  CA:「そのとおりです。どうして分かります?」

上の会話、お客様が話して楽しいのは、Bキャビンクルーであることは容易に判ります。なぜ楽しいかといえば、話が次々と発展していきそうであり、また、お客様に話させているからです。お客様の質問をうまく投げ返しています。

日本人は、One Way Communication民族であり、欧米人はTwo Way Communication民族と言われています。同じような会話が、CA採用時の英会話面接の時にも見られます。

英語教官
"Where are you from?"
応募者
"I am from Saitama"
英語教官
"・・・・・"

欧米人からみれば、これは会話ではないそうです。「埼玉たって広うござんす」「だいたい埼玉ってどこにあるの?」「東京から電車でどの位かかるの」といったことを、特に相手が外国人の場合には、説明してあげると会話が発展していきます。英語力以前に、会話力が足りないと言えます。

 


会話

 

「いらっしゃいませ」と「こんにちは」
ディズニーランドのマニュアルによると、ディズニーランドでは、お客様への挨拶の時は、「いらっしゃいませ」の代りに、「こんにちは!」と言うよう指示してあるそうです。なぜならば、「いらっしゃいませ!」では、お客様は「フム…」としか応答できなくなるからです。「こんにちは!」と声をかければ、お客様も「こんにちは!」と応えやすくなります。少しでもお客様とコミュニケーションを取りたいからだそうです。

客室乗務員の場合、両方とも大切であり、相手や状況によって、上手に使い分けができなくてはなりませんが、ディズニーランドのマニュアルが意図するところは、知っていても損はないと思います。

 


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指示と依頼

 

「シートベルトをお締めください」 (指示)
Please,fasten your seat belt.

「シートベルトをお締めいただけますか」 (依頼)
Would you please fasten your seat belt?

一番目の言い方は、確かに丁寧な言いまわしですが、よく見ると、これは「指示語」です。客室乗務員には、サービス要員と保安要員の2つの任務があります、旅客へは、まずサービス要員としてアプローチする必要があります。したがって、最初は「依頼語」を使います。依頼してダメな場合、初めて保安要員として「指示語」が出てきます。そして、最後は「命令語」に移ります。肝心なことは、シートベルトを締め忘れているお客様に恥じをかかせないことです。

   「おしぼりをお使いください」 (指示)
Please use oshibori, sir.

「おしぼりはいかがですか」
   「おしぼりをお使いになりませんか」 (推奨)
   Would you like to use oshibori, sir?

ものをサービスするときには、お客様に選択をしていただくのが基本です。決して指示しません。

 


サービスと位置

 

 

訓練生のとき、「礼」の位置、「情」の位置、「怖れ」の位置というのを習ったのを覚えていますか。

サービス人間は、お客様に対して、「礼」の位置で接するのが基本です。しかしながら、正対する「礼」の位置は、ときには、対立の位置になることもあります。お客様が怒っているときに、正対で応対しては、よけい問題がこじれることもあります。状況に応じて、使い分けができるようになってください。

 


「怖れの位置」

 

人にとって、うしろ側は、自分の安全を一番守りにくいところです。したがって、人は他人がうしろから近づくのを好みません。そのため、ここを「怖れの位置」と呼んでいます。

接客サービスの世界でも、うしろからお客様に近づいたり、ものをサービスしたりすることは避けなければなりません。「うしろから失礼します」と言いながら、ものをサービスしている人がいます。これは二流キャビンクルーのやり方です。一流のキャビンクルーは、どんなことがあっても、お客様の前に位置してサービスします。たとえ、EYクラスでも・・・です。

「情の位置」は、別名「同調の位置」とも呼ばれます。

海外ニュースで、両国の首脳二人だけで、官邸の庭を散歩しながら話をしている様子を見かけます。あれははただ単に散歩しているのではありません。交渉ごとを同じ方向でまとめるための同調行動をしているのです。問題があるときは、向かい合って話をするより、同じ方向を向いて話をした方が、より問題が解決することを知っているからです。

 


接客と「情の位置」

 

ものをサービスしたり、搭乗御礼の挨拶をしたりするときは、常に「礼の位置」で行う必要があります。サービス時は「礼の位置」が基本ですが、これでサービスする限り、「礼」に反することはありません。しかし、これだけだと、お客様は、キャビンクルーの「情」を感じません。

アイドルタイムなどに、お客様と話しをする時間があるときなどは、「情の位置」に位置して話をすると、お客様は親しみを感じたり、情を感じたりすることがあります。なぜなら、この位置で話をするということは、お客様に同調していることを意味するからです。

サービス向上のためのCS(Customer Satisfaction)が叫ばれる昨今、「礼」だけではなにか物足りないと、お客様は感じはじめています。これからのサービスは「情」が必要な時代になっています。

 


「情の位置」の活用

 

お客様と話をするときもそうですが、Entrėeチョイスがうまく行かなくなった時なども、この位置でお客様に接するとよいです。事情を説明すると、お客様も「しょうがないな」と理解してくれることが多々あります。

昔、ファーストクラスが33席のとき、よく和食が足りなくなりました。当時、和食は最大10portionsしか搭載されませんでした。邦人旅客が多い時など、オーダーをとると、すぐに和食が売れ切れてしまいました。そのような時、筆者は、お客様と同じように機首方向を向き、しゃがむことにしていました。そして、やや困ったような顔をして、「実は・・・」と切り出しました。「実は・・・」と言っただけで、ほとんどのお客様は、「和食がないのか」とあきらめ顔で言ってくれました。

これは、お客様の「情(なさけ)」を引き出す手法です。皆さんも実験してみてください。和洋どちらかが足りなくなってしまったとき、お客様の正面に位置して事情を説明したときと、「情の位置」で腰をかがめて説明したときでは、どう反応が違うか、自分で体験してみてください。