サービス学講座

 

お客様は旅行者

 

旅行の始まり

 

ヨーロッパでは、その昔、人々はエルサレムやメッカなどの聖地へ巡礼に旅立ちました。これが旅のはじまりと言われています。日本においても、お伊勢参りや金毘羅参りのように、全国の神社、仏閣めぐりが行われていました。時間の移り変わりとともに、いろいろな目的で、人々は移動するようになりました。

 


旅行とは…

 

人々は、日々の生活では味わえないものを求めて、旅行に出ます。東京に住んでいる人が、彼氏(彼女)と横浜に行きました。これは、旅行とは言えません。なぜなら、東京の人間にとって、横浜に行くことは、日常圏の中での、単なる移動にすぎないからです。ところが、もう少し足を伸ばして、箱根まで行きました。箱根は、東京の人にとって、日常圏を超えた場所と言えます。

旅行の第一の条件は、日常圏から離れることです。また、東京の人が、箱根を気に入ってしまい、そこに住みついてしまいました。これも旅行とは言えません。これも、単なる「移動」であり「移住」です。

第二の条件は、日常圏から非日常圏に移動し、再度、日常圏に戻ることが必要です。

すなわち、旅行とは、日常生活しているA地点から、非日常的なB地点に移動し、また、A地点に戻ることを言います。

 


旅行の意義

 

旅行は、非日常性を追い求めるところに意義があります。毎日の生活の中では、見たり、体験したりできない事柄に接することにより、自分の心をリフレッシュさせます。それらの非日常的な体験が、また明日から始まる日常生活の中で、「また、がんばろう」という元気の回復(Recreate)の源になったり、新製品づくりのアイデアの源になったりします。

 


旅行の種類

 

旅行には、その目的によって、観光旅行、商用旅行、帰省旅行、視察旅行などに分けられます。

観光旅行
(Tour)
商用旅行
(Trip)
帰省旅行
(Journey, Travel)
訪問旅行
(Journey, Travel)
その他の旅行
(Excursion、etc)

また、旅行に関係ある英語は、次のような意味合いが含まれています。

Trip
旅行一般を指すことば
Travel
長距離旅行や外国旅行(動詞として使うことが多い)
Tour
観光・視察の往復旅行
Journey
旅の道中や移動の様子
Voyage
船や飛行機を使う長旅
Excursion
回遊・遊覧・見学旅行

 


観光とは

 

機内のお客様の8割は観光目的の人達です。観光という字は、儒教の経典の一つである易経の中に、

「国の光を観るは、もって王に賓(ひん)たるに利(よろ)し」

という文があります。その「光を観る」という句からきています。

ここでいう国とは、春秋時代の諸侯領のことです。「観光之国」(国の光を観る)というのは、他国の制度・文物など輝かしい成果を視察するという意味です。そこには、勝れたものを仰ぎ見るという心持があります。一方、仰ぎ見られる側としては、誇りをもって、その賓客を迎えるという意味もあります。

また、「観」という文字は、「みる」という意味と、「しめす」という意味があります。したがって、観光は、国の光を誇らかにしめす意味も含んでいます。

             観光 = Tourism

         Tourの語源; 臼をひく、臼の中を回る

イギリスでは、TouristとかTourismという言葉は、旅行が盛んになった1800年初頭頃から使われるようになりました。「観光」という言葉は、英語のTourismの訳語として、日本では、大正時代から使われています。

Tourは、「周遊」を意味する言葉として使われています。もともとは、ラテン語で「臼(うす)、轆轤(ろくろ)」を意味するトルヌス(Tornus)という語に由来しているそうです。つまり、「臼をひく ⇒ 周遊する」に変化した言葉です。 

お客様の大半は、非日常性を期待しつつ、飛行機に乗ってきます。特に観光を目的とするお客様は、非日常性に対する期待度が、非常に高いと言えます。一方、ビジネスのお客様はどうでしょうか。せっかく外地に出てきたのだから、どこそこに行ってみようかという人も多くいます。やはり、仕事で旅行をしていても、いろいろなことに触れたり、見たりすることに興味があり、観光客の要素も備えています。

 


「客」という字

 

客という漢字は、家を表す「宀」に、各々の人を表す「各」で構成されています。家の中にさまざまな人がいるというのが元来の意味です。機内にもさまざまな人がいます。

すでに学んだように、お客様は、いろいろな目的で旅行に出てきています。したがって、それぞれニーズが違うことが分かります。

 


お客様にとって非日常とは

 

航空機旅客は、観光であろうと、他の目的であろうと、毎日の生活の中で体験できないことを味わいたいと思っています。たとえば、Cabin Crewに接することも、非日常的体験のひとつです。飛行機そのものもそうです。すべてのことが、非日常性そのものです。したがって、興味があります。

特に、観光客にとっては、客室乗務員そのものが、観光の対象になっていることがあります。Cabin Crewと写真を撮ることも旅の思い出です。機内でサインを求められたこともあると思います。飛行機の中でサービスされる食事やお酒なども、日々の生活では、体験できません。

 


サービスの心=もてなし=Entertainment

 

日本では、お客様を家に迎えるとき、「おもてなし」をします。「人をもてなす」とはどういうことでしょう。「もてなす」を漢字で書くと、

もてなす = 持て成す 以て成す

となります。そして、英訳すると

もてなす = Entertain Treat 

客人を迎えたら、「よくいらっしゃいました」と歓迎します。そして、家にある茶菓子を出します。また、一緒に歓談します。食べ物や飲み物を出して、あとは放っておけばよいという訳にはいきません。客人になんとかよいひととき、楽しいひとときを過ごしてもらおうとします。 そして、それを「裏表なし」の心で行ないます。

「おもてなし」 ← 「(うら)おもてなし」

機内でお客様を Entertainしていますか?

 


お・も・て・な・し

 

2020年オリンピック招致プレゼンで、プレゼンターの1人として壇上に立った滝川クリステルさんのスピーチの一節です。(スピーチはフランス語で行なわれました)

日本には、「おもてなし」の言葉があります。これには、訪れる人を心から慈しみお迎えするという深い意味があります。そして、それは先祖代々受け継がれてきました。日本の先端文化の中にも、この心はしっかり根づいています。おもてなしの心があるからこそ、日本人がこれほどまでに、お互いを思いやり、客人に心配りをするのです。

そして、続いて、東京は世界一安全な街であることを、年間3000万ドル分の現金や落し物が警察に届けられている例をあげて説明しています。公共交通機関もしっかりしていること、街が清潔であること、タクシーの運転手さんも親切であることなどを紹介しました。

その次に、きれいなブティックや世界最高峰のレストランもあることや、ミシュランガイドで星がついているレストランの数が世界一多いこと、オリンピック会場は都心にあり、お台場近くでは会場から会場への移動途中で、ライブやパフォーマンスが楽しめること、そして、オリンピックを見に来た人たちは、忘れ得ない思い出を残すことになると結んでいます。

滝川クリステルさんは、プレゼンの中で、おもてなしとは、「安全」を確保し、「安心してくつろいでいただき」、そして、「楽しんでいただく」。その準備が、東京はできていることをアピールしました。 この3点をしっかりプレゼンの中に入れ込んでいました。

そして、最後の「楽しんでいただく」まで行かないと、もてなしたことにはならないのです。

「もてなし」(名詞)に相当する代表的な英語は「Hospitality」ですが、「もてなす」(動詞)に合致する英語は「Entertain」です。

 


ホスピタリティ精神

 

サービス産業を研究する大学講座では、ホスピタリティ(Hospitality)の言葉がよく出てきます。Hospitalityは、キリスト教文化からの言葉で、弱者をいたわる精神にもとづいています。たとえば、交通機関が発達していない時代、人々は、徒歩で何日もかけて、聖地巡礼に向いました。旅の途中で、追いはぎに遭ったり、病気になったり、食物が手に入らなかったりします。弱者である旅人たちに救いの手を差しのべたのが、各地にある教会や修道院でした。寝る場所や食べものを提供したり、衰弱している旅人を看護したりしていました。HospitalやHostelの言葉もここから来ています。

これも大切な精神ですが、現代サービス業で求められているのは、お客様を「Entertainする心」です。メニュー開発も、接客技術向上も、そこには、楽しませる要素を入れる必要があります。

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