苦情処理の心構え編
旅人は弱者
「旅人は弱者である。怖いが故に吼える(怒る)ことがある」
旅行者は、常に不安と隣り合わせでいます。飛行機に乗ること自体が不安です。また、観光客なら、旅先についての不安、ビジネスマン、出張目的が達成できるかという不安もあります。どの旅人も、旅行中は不安を抱えており、そのため、緊張しています。
さらに、飛行機の中では、飲物ひとつとっても思いのままにいきません。日常生活の中では、自分でコンビニに買いに行けますが、機内ではCabin Crewにお願いしなければなりません。ちょっと用を頼むのにも気を使います。こんなことを頼んで、Cabin Crewが嫌な顔をしたらどうしよう、と思っています。
旅客は不安・緊張・気遣いでいっぱいの弱者です。気を遣いながらCA呼出ボタンを押しています。ところが、やってきたCabin Crewに愛想がなかったら、さらに緊張が増してしまいます。そして、緊張状態が頂点に達したとき苦情となって表れます。
苦情処理より苦情防止
苦情が出される前に、苦情を未然に防ぐサービスを心掛けてください。お客様は、Cabin Crewを頼りにしていることを忘れないでください。さらに、お客様の心理を、先読みできるセンス(感性)を、常日頃から磨いておいてください。
たとえば、ほとんど手がつけられていないEntrėeを下げるとき、サービスのプロなら、「なにが原因で、残したのだろう?」と反応します。
「お食事、お口に合いませんでしたでしょうか」
これに対し、お客様は、
「お腹が空いていない」
「体調が悪く食欲がない」
「アントレが冷たい」
「肉がレアー過ぎる」
「肉が焼きすぎでまずい」
お客様からは、これらの反応が出てきます。
お客様側の理由で残している場合
サービス側の原因で残している場合
それぞれ対応の仕方が違ってきます。対応の仕方によって、苦情にもなり、感謝にもなります。
苦情はWelcome!
お客様は、○○航空会社なら信頼できるし、サービスもよいだろうと期待し搭乗してきています。苦情は、その期待に反したときに発生します。裏を返せば、お客様の苦情は、お客様の切実な期待そのものです。
苦情は、サービス品質を向上させるための新たなヒントになります。苦情の中に、お客様の要望が隠されています。何も言わずに、離れていくお客様に比べ、「苦情を言ってくれるお客様は、私たちの会社にとって感謝すべき存在である」くらいの気持ちで接してください。
挽回のチャンス
どの業界でも、苦情を言わずに去ってしまうお客様をいかに少なくするか、頭が痛いところです。反面、苦情を出してくるお客様には、挽回のチャンスがあります。なぜなら、苦情を出したお客様は、改善されたかどうか確かめたいと思っています。再度利用する可能性が高いと言えます。
苦情は"応援"
私たちにも、レストラン、Shop、デパート、銀行など、馴染みのところがあります。日常生活の中では、たいていその店に行きます。ある店では、すでに得意客になっているかもしれません。なぜ同じ店にいくかというと、その店を信頼しているからです。
そして、顧客心理としては、信頼している店を応援したいという気持ちがあります。応援しているからこそ、期待に反して、店員の態度が悪かったり、商品に問題があったりすれば、苦情をいいます。機内のお客様の中にも、応援するがために、苦情を言ってくる方もいることを忘れないでください。
「私が解決します!」
お客様の苦情は、苦情を受けた人が、その場で解決するのが原則です。たらい回しや逃げは、何の解決にもなりません。
「コメントカードに書いてください」
「苦情受付セクションに言ってください」
など、その場を何とか切りぬけた結果、更に、問題をこじらせたケースもあります。「私がいるから大丈夫!」と、後輩を安心させられる頼もしい先輩でいてください。
最強の武器は「誠意」
苦情処理には、経験、知識、技量もたしかに必要です。しかし、一番有効なのは、「何とか解決しよう!」とする気持ちです。見せかけの誠意は人生経験豊かなお客様に、一瞬のうちに見破られてしまいます。お客様の立場になって、誠心誠意対応することが大切です。
寂しい思い
お客様は怒っていても、実は、せっかくの旅行を、嫌な思いをして寂しい気持ちでいます。責任者として、苦情旅客のところへ赴くときは、「そのような思いを持ったまま旅を終えられるのは不本意である」という気持ちを携えてお客様に対応します。
苦情対応はチームワークで
苦情にはさまざまなものがあります。Cabin Crewのミスにより、お客様に迷惑をかけた場合は、本人が謝るのは当然のことですが、責任者である上司も、かならずフォローアップする必要があります。
上司(In-Charge)は、部下からよく状況を聴きます。部下も、お客様に怒られて興奮していることがあります。冷静に話しを聴き、客観的に情報を収集して、お客様へアプローチします。苦情は、どんな小さなことでも、先任客室乗務員に報告することを忘れないでください。
先任客室乗務員も、問題が解決したとの報告を受けても、お客様に迷惑がかかった以上、最終責任者として、自分自身が旅客のところへ行き、自分の目で、最後の確認をするのが本来の姿です。
苦情と過大要求
お客様の大半は、サービス側や会社が決めたシステムについて、純粋に苦情を出しています。ところが、中には、一見苦情を言っているようだが、苦情にかこつけて、過大要求を突きつけてくる方もいます。サービス側の至らない点については、誠意を持って陳謝します。だからと言って、過大要求に対しては、毅然とした態度で、断ることが必要です。毅然とした態度というのは、むずかしい顔や怖い顔をすることではありません。やさしい表情で・・・。
ピント氏の「ノー」
世の中には、「ノー」と言ってはいけない人種がいます。その一つは外交官です。外交官が「ノー」と言ったら、あとは戦争です。
「外交官の"Yes"は"Maybe"である。外交官の"Maybe"は"No"である。もし外交官が"No"と言ったら、彼(彼女)はすでに外交官ではない」
と言われます。淑女(Lady)についても同じだそうです。
「Ladyの"No"は"Maybe"である。Ladyの"Maybe"は"No"である。もし彼女が"Yes"と言ったら、彼女はすでにLadyではない」
"No"と言ってはいけない人種がもうひとりいます。サービス業の人間です。ローマのエキセルシオールホテルの伝説的なコンシェルジュであるピント氏が、「コリヤーズ」誌のインタビューで、
「この仕事の人間は、お客様に"No"と言ってはいけません。たとえ、お腹の中で"No"と思っていても、"さあ、どうでございましょうか"ぐらいにしておくのです。 それに、はじめはできないと思っていても、やってみると案外できるものです」
と答えている。
「サービスで一流になる」より 田辺英蔵著 ダイヤモンド社より