しぐさ研究講座

 

しぐさの成立ち

欧米社会では、人間の行動に関する研究が、盛んに行われています。ヨーロッパにしても、アメリカにしても、多民族が集まって国が形成されています。そのため、お互いを知る必要があるのです。

ヨーロッパの歴史を見ると、侵略したり、侵略されたりが繰り返されています。古くはローマ帝国の進出やゲルマンの大移動があったり、ノルマンコンクェスト(ノルマン人の征服)があったりしました。近年では、第一次世界大戦、第二次世界大戦もありました。

日本は、他国に侵略されたり、他民族から迫害を受けたりした経験がありません。ヨーロッパでは、宗教問題、民族問題がからみ、侵略と迫害の歴史が繰り返されてきました。ヨーロッパ人にとってみれば、他民族は、いつ侵略してくるか分からない存在なのです。

 


人間(じんかん)距離

 

Galleyの横で、アラブ人とイギリス人が話しています。最初、L側(左側)通路で話していたのが、いつの間にか、R側(右側)通路で話している。よく見ると、アラブ人はイギリス人に近づいて話をしようとしています。アラブ人が近づこうとすると、イギリス人は離れようとします。これを繰り返しているうちに、二人は、最初に話していた場所から、違う場所に移っていました。アラブ系やラテン系の人たちは、アングロサクソン系やゲルマン系の人たちに比べ、人間同士の空間距離が狭いために起こった珍現象です。

ある小じんまりしたレストランが繁盛していました。そこで店主は、こんなにお客さんが来てくれるのなら、もっと店を広くしようと考え、拡張工事を行いました。さあ、これでお客さんはゆったりできるし、繁盛しているのだから儲かるな、と改装オープンしました。しばらくは、馴染み客も来てくれ、順調な再スタートのように見えましたが、そのうち客足がどんどん落ちていきました。店主はあわてました。しかし、どうして客足が落ちたのか見当がつきません。これは飲食業でよくある話です。

日本人はアラブ系やラテン系ほどではないにしても、人間同士の空間距離は狭いと言えます。改装前は、狭い感じがしたのですが、テーブルとイスの配置がお客の好みと合っていました。それなのに、繁盛しているからと、店全体を広くしてしまい、テーブル同士の間隔を広くしてしまいました。日本人が好む空間距離について知っていれば、このような失敗をしないで済みました。

 


イギリスも侵略の繰り返し

 

イギリスを例に挙げると分かりやすいと思います。一般的に、イギリス人はアングロサクソン系と言われています。しかし、イギリスは、もともとはケルト系のブリトン人の国でした。そこに、紀元前55年に、ローマ帝国の侵略があり、ローマ人が入ってきました。ローマ人は4世紀頃までいました。ローマ帝国の崩壊とともに去っていきましたが、一部のローマ人はブリトン人と結婚したりして残りました。そこに、ゲルマン系のアングロ人とサクソン人やジュート族たちが侵入してきました。今度は、アングロサクソンが主流の国になりました。1066年になると、次に、今のフランスの方からノルマン人が侵略してきました。それからしばらく、イギリスはフランス語の国になってしまいました。1400年代のヘンリー6世時代になると、また、アングロサクソンが復活して英語国に戻りました。近年では、大英帝国時代に植民地支配していた国から、多くの人たちがイギリスに入り込みました。中国系、インド系、中東系、アフリカ系の人たちです。加えて、フィージーなど太平洋諸島の人たちもいます。

このような歴史を経験したイギリス人ですので、家系をたどると、主流は、ゲルマン系、ケルト系、ローマ系、ノルマン系に分かれます。そして、それぞれの祖先は、お互い戦っていました。そこに戦後の移住者がイギリスに入り込んできました。アメリカほどではないにしろ、イギリスも多民族国家になっています。

このような背景が、イギリス人の行動に影響を与えたと考えられます。イギリス人は、日本人に比べ、他人に対する警戒心が強いと言えます。

 


空間距離

 

ヨーロッパ人が、日本に来て驚くことのひとつに、

「街を歩いていると、日本人はよくぶつかってくる」

があります。

日本人は、自分の身を守ることに無頓着なところがあり、ぶつかる側はさておき、ぶつかられる側も、恐いお兄さん以外は、あまり気にしません。ところが、ヨーロッパ人は、どんなことがあっても、他人にぶつかることは避けようとします。もし、万が一、他人に触れたときは、恐縮し、謝ります。それでも、せいぜい触れる程度です。ぶつかるようなことはしません。

この背景には、すでに述べてきたように、ヨーロッパ人は、日頃から、"自分の身は自分で守る"ことを念頭において行動しています。

 


安全空間

 

ここで出てくるのが、人間同士の空間距離の話です。身を守るために、最低限必要な空間は、手をいっぱい伸ばし一回り、そこに描かれた円の中が、自分の安全空間となります。だれでも、自分の安全空間に他人が入ってくると、落ち着かなくなります。特に、多民族国家の人たちや北欧系の人たちはそうです。

例えば、公園のベンチで、知らない人が隣に座ると、なにか落ち着かない感じがしませんか。あまり近くに座られると、私たちでも少し腰をずらすことがあります。

初対面の日本人とイギリス人が握手をしています。日本人は握手した後も、近くに寄ったまま、話しを続けようとします。ところが、あまり近いのでイギリス人は落ち着きません。イギリス人同士の握手の場合、握手が終わると、お互い少し離れます。つまり、相手の安全空間の外に出ます。

 


握手の話

 

握手の意味を知らないCabin Crewはいないと思います。手に武器を持っていないことを、相手に知ってもらうのが、握手のもともとの意味です。

周囲を異民族に囲まれている欧米人らしい習慣です。身の安全を確保することに関係があります。単一民族の日本では、その必要がなく、お辞儀という違う習慣が発達しました。

 


お辞儀の意味

 

Cabin Crewとして国内航空会社に入社して、最初に習うのがお辞儀です。どの会社でも、お辞儀の仕方を教えています。お辞儀の角度は、時と場合によって違うとか、お辞儀をしたあと直るタイミングとかを教えられます。

ところが、だれもお辞儀の意味を教えてくれません。筆者もあらためて考えたことがありません。イギリス人CAの教育を担当していたとき、彼女たちから、
「日本人は、なぜ、挨拶のときお辞儀をするの?」
と聞かれました。異文化の人から言われてはじめて、お辞儀の意味を知らないことに気がつきました。礼儀作法の本をいろいろ調べました。しかし、お辞儀の仕方は説明しているのですが、どの本も、お辞儀の意味するところまで深く追求していません。そこで、筆者は次のように解説することにしました。

お辞儀は、頭を下げる動作をするが、これは頭を相手に差し出すことによって、相手に敬意を表わすしぐさである。頭のてっぺんは、体の中で、一番弱いところです。殴られれば死んでしまうかもしれない。その部分を相手に差し出すこと は、身を預けるのと同じで、相手を信頼していなければできません。そして、 お互い信頼しあい、相手も同じように頭を差し出すのが、日本の挨拶の仕方 です。正式なお辞儀では、手を組みませんが、サービス業の世界では、お辞儀の時に手を前で組むことがあります。これは、手で手を押さえ、手を出さないことを、相手に示しているのです。

納得してくれたのか、この説明を聞いてからは、素直にお辞儀をしてくれるようになりました。

 


外国人のお辞儀は、何か変

 

"Do as Romans do"(郷に入っては、郷に従え)というように、日本に来た外国人も、日本の習慣に合わせようと、お辞儀をする人を見かけます。ところが、その動作がしっくりしません。欧米では、挨拶は相手の目をしっかり見るのが、基本になっています。それに慣れているため、お辞儀をするときも、相手の目を見ようとしてしまいます。そのため、「お辞儀をしているのだけど何か変」という状態になってしまいます。身体の中で一番弱い部分、すなわち頭のてっぺんを相手に差し出すことが、お辞儀であることを知らないためです。

 


お辞儀と手の位置

 

余談であるが、最近、スーパーなどでお辞儀をするとき、手でお腹を押さえているのを見かけます。これを通称「腹痛ポーズ」「胃痛ポーズ」と呼んでいます。客室乗務員採用面接をしていると、とってつけたように、ときどきこのポーズをとる受験生がいます。このしぐさを見ると、この受験生は、どこかのCAスクール生であることが分かります。どこの航空会社出身なのか、Crew上がりの講師が、そのように教えているのだと思います。筆者自身もCabin Crew出身ですが、とても違和感を感じます。

日本では、お辞儀の際の手の位置は、もともとは神道や武士道からきています。武士は脇差を差したままお辞儀をするときは、刀が飛び出さないよう鍔(つば)のところを押さえていました。その後、軍隊の時代になって、今度はサーベルを押さえていました。そのため、男性の場合は、手を両脇に添えてお辞儀をしていました。また、女性が和服のときも、手を帯のところで組むことはしませんでした。手は自然と降ろしています。そのままお辞儀をします。お茶の世界でも、小笠原家本流の教えでも、お辞儀をしているときの手は、両太ももとあたりにあります。

サービス業も含めて、商人の世界では、謙遜したり、下手に出たり、手を出さない(手を押さえる)ことを表わすため、商売の上で、手を組むことがありました。現代のサービス業でも、その習慣が踏襲され、ビジネスマナー講習などで、そのようなしぐさを指導していることがあります。

韓国や中国では、お辞儀をするとき、手の位置は、日本人よりもっと上に持っていっています。これらの国の時代劇TVドラマを見ていると、チマチョゴリや伝統的中国服のときは、手は袖の中に入れて重ねています。その位置はお腹やみぞおちあたりとなっています。

韓国方式、中国方式とも、それぞれ伝統文化の中で育まれてきています。寒い気候も関係しているかもしれません。日本では、手は下ろし、肘が張らない形が自然ですし、日本的です。

ただし、CA訓練でも、美しい立ち姿の練習をします。背筋を伸ばし、どちらかの足をやや前に出し、手を組んだ立ちポースをとります。このときに、組んだ両手がお腹あたりに来ることもあります。これは美しく見せるためにとるポーズです。ポーズをとるのと、お辞儀をするのは、まったく目的が違います。ポーズをとったままお辞儀をすると朝鮮半島式(コンス)になってしまいます。

 


お辞儀なんて嫌

 

初めてのドイツ人CA訓練をしていたときのことです。日本の航空会社で乗務するのですから、まずは、日本式の挨拶(お辞儀)を教えることにしました。姿勢よく立ち、手はかるく組み、語先後礼でお辞儀をする。これが筆者が在籍していた航空会社の基本的なお辞儀の仕方でした。

イギリス人CAたちは、「日本では、こんなやり方で挨拶するんだ」くらいに受け取ってくれたのか、素直に従ってくれました。ところが、ドイツ人CAたちは、このお辞儀はできないと言うのです。そして、頑としてやろうとしませんでした。とにかくこんな挨拶の仕方はおかしいと訴えてきます。ドイツ人CAの担任教官は困ってしまいました。

ヨーロッパ人は、歴史的に、封建制と闘ってきました。そこで革命も起こしてきました。封建制のなごりの一つに、ひれ伏す姿があります。多くのヨーロッパ人は、ひれ伏すことに抵抗を感じてきました。なぜなら、封建制のイメージがあるからです。そして、日本のお辞儀もひれ伏す形に似ています。

もう一つ抵抗する理由がありました。お辞儀をするときの手の位置でした。彼女たちにとって、それは、陰部を隠すしぐさと映りました。これは、ぜったいできないと言うのです。その昔、アダムとイブは、お互い裸のまま陰部を手で覆っていました。現在では、そのしぐさは、ストリッパーが行なうしぐさで、まともな女性たちは、ぜったいにしないというものでした。

彼女たちと、何度も話し合いを持ち、手を組むのは、手出しをしないことを意味していることや、頭を差し出すことによって、相手に敬意や信頼を表すことを理解してもらったのを覚えています。

このことから分かるように、国際社会では、身体の前で、手を組むしぐさは避けるほうがよいでしょう。壇上で、スピーチをするときも、マイクの前で、日本人は手を組んでしまいます。欧米人にとっては違和感のあるしぐさとなります。これをしてしまうと、聴衆の目は、そちらに行ってしまいます。

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